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大学では教えられない歴史講義

2010年12月14日(火曜日)

赤穂浪士の討ち入りは史上最大の就職活動

カテゴリー: - kurayama @ 17時18分42秒

 旧暦の12月14日は赤穂浪士の討ち入りの日です。

 赤穂浪士の討ち入りとはどういう事件かというと。。。

 江戸時代、徳川綱吉という人がいました。
 征夷大将軍という、今の総理大臣に当たる人です。
 毎年お正月には、天皇陛下の御使いである勅使をお迎えするという儀式があります。
 その接待役が浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)という大名でした。
 今で言えば、従業員二百人くらいの会社の社長兼赤穂市選出国会議員です。

 その時の儀式は、綱吉にとって身分の低かった母親に位を授けてもらおうというこれでもかという下心があったので、それはそれはいつもにもまして大事な儀式でした。

 ところが、接待役の浅野内匠頭が何を血迷ったか、接待役を指導する係の吉良上野介という人に斬りかかりました。
 この吉良という61歳の御老人、不意を突かれたので無抵抗でした。
 原因は本当のところはまったくわかっていません。吉良さん、本当に身に覚えがないそうです。
 よく、吉良さんが意地悪したという噂があるのですが、ありえません。
 考えてみましょう。いつもにもまして重要な儀式です。将軍の機嫌を損ねたら何をされるかわかりません。意地悪などして儀式で粗相があったら、自分の責任になってしまうので、絶対に意地悪をしないどころか、いつにもましてピリピリしていたのが真相です。

 で、この浅野という若者、性格最悪で、癲癇気質の、キレやすい若者だったようです。
 そもそも、武士のくせに刀を「振り回して斬りつける」というのがなっていないというか、それが頭おかしかった証拠では?と言われるくらいで。
 本気で殺すつもりなら、突け!ということです。

 要するに24歳のバカ殿が何かの拍子にキレて起こした殺人未遂事件です。
 で、内匠頭は切腹。(当たり前だ)
 吉良はお咎めなし。(当たり前だ)
 この時「武士を畳の上ではなく、庭先で切腹させるのは屈辱だぁ」とよく言われるのですが、討ち首じゃなくて切腹の名誉を与えられただけでもありがたい訳で。

 もちろん浅野家はお取り潰し。
 200人の従業員、じゃなかった、家臣団は路頭に迷う羽目に。
 で、普通は再就職先を求めて就活を行うのですが、47人くらいあきらめきれない人たちがいたのですね。この人たちを赤穂浪士と言います。「赤穂藩の元正社員で今は無職の人」という意味です。
 というか、マトモな就職活動をするよりも「世間をあっと言わせて、イイ所に再就職しよう」みたいな一発屋根性丸出しの話になったのです。

 で、一年半もネチネチと計画を練りに練って、本当に吉良邸に押し入ってしまいました。
 まさか平和な時代にそんなことをされるとは思っていない吉良家はほぼ無抵抗。
 あわれ、これまた無抵抗の吉良老人は首をはねられてしまいました。
 よく、吉良側が必死の防衛策を用意していたとか言われるのですが、本気でそんなこと考えているなら、愛知県の領地に帰っていればよい訳で。自分を殺しに来る奴がいるとは本気で思っていないから、ノコノコと江戸で隠居生活をしているのです。

 そこで、大石内蔵助以下赤穂浪士一同、主君の墓がある浅草の泉岳寺までデモンストレーションの行進。これで江戸庶民は「この平和ボケの時代に偉いねえ」などとほめそやし、
「この時代に主君の恩義を忘れないとは見上げたものだ。武士の鑑だ」
「そこまで思わせた浅野という殿様は偉い人だったに違いない」
「その浅野さんをキレさせた吉良というのは相当悪い奴に違いない」
と、ドンドン話は変な方向にねじ曲がり、
 結構いいところの諸大名家から「是非、我が藩に来てください!」などとお呼びがかかりました。

 で、最終的な決断は綱吉が下さなければならないのですが、あんまりにも話が広がりすぎてどうしようもなくなります。
 議論は百家争鳴で、
「武士の鑑だ!とりあえずアゲとく」
「本気で仇討をするなら、吉良の首をあげたら、その場で切腹しろよw」

「いや、御公儀(幕府=綱吉のこと)の非を訴えたかったのです。デモで世の中は変るんです。署名もお願いします」
「それDQNじゃん。さすがに将軍のおひざ元で騒ぎを起こしたらまずいだろ」
「吉良じゃなくて、白川とか羽毛田とか、もっと悪い奴ら他にいるだろう」
とか、収拾がつかなくなります。

 で、綱吉は家臣たちに「お前らはどっちだ。参考にするから全員、意見を署名入りでこの箱の中に入れるように」とかやり出します。
 本気で参考にしようと思っていたのは、柳沢吉保ただ一人なのですが、その吉保の意見は「上様の御意のままに!」
 見事に丸投げされ返されました。

 そこで綱吉は、二人の学者に御前ディベートをさせます。
 綱吉自身も学者だったので、
「モメゴトは公開討論で決着をつけよう」というフランスなど文明国共通の方法を持ち出したのですね。日本の学者でこれをやったのは吉野作造と、あと誰だ???ですが。

 御前討論の一人は東大総長兼法学部長の林鳳岡(一生勝ち組)。
 もう一人は、やたらと政界にコネがあった私大講師の荻生徂徠(年収五百万円、後に失業)。

 林さん、思いっきり時流便乗の立論。
「彼らは武士の鑑です。だから、上様が無罪にしてあげることで徳を示すことになるんです」
 綱吉、、、うーん。それは法を曲げることになるし、自分の失敗を認めることだし…。

 それに徂徠先生の反論。
「彼らは武士の鑑である。だから切腹の名誉を与えるべきである!」
 相手の持ちだした根拠を逆用した反論を、「たーんあらうんど」と言います。ディベートの基本技です。毛沢東の得意技でもありました。
 かくして、一件落着。

 三河人の歴史観だとこうなります。愛知県東半分の人たち、忠臣蔵と長篠の戦に関して、日本で最も正しい歴史観を持っていると思うの、私だけ?


コメント

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  1. 「吉良じゃなくて、白川とか羽毛田とか、もっと悪い奴ら他にいるだろう」

    Comment by 仙台竜三 — 2010年12月14日(火曜日) @ 21時19分25秒

  2. こんばんは。猛毒が仕掛けてありますね。私は草男子よりも肉男子でありたいです。

    Comment by 浩一 — 2010年12月14日(火曜日) @ 21時43分18秒

  3. 平凡な学生は忠臣蔵ばりに行動しないと就職できない世の中でございます。

    人数を集めて就職難の元凶のところへ討ち入りに行こうかしら。

    Comment by 足利リョウ — 2010年12月14日(火曜日) @ 23時35分10秒

  4. 倉山先生、こんにちは。

    元禄のアイドルAKO47ですね。

    赤穂浪士たちの立場ですが、元々内匠頭切腹後、
    赤穂城引渡しのときに、篭城抗戦を主張した急進派将校だったのです。
    常識的には再就職を求めるのが普通で、半分くらいの官僚的な家臣は素直にそうしましたが、
    一方急進派はあくまでも「浅野株式会社をもう一度」と言う愛社精神にあふれた、保身的ではない
    でもかなりむちゃくちゃな社員たちだったわけですね。

    大石は自身は取締役としての評価も高かったようで、他社からの声はたくさんかかったそうですが、
    ここで自分が今抜けたら、急進派は一気に敵討ちに傾いてよくないと考え
    自重していたのです。
    大石は、弟の浅野大学が赦免され、浅野家を再興できる可能性があると考えていたのですが
    敵討ちなどしてしまえば、その可能性が消えるので、1年くらい急進派を押さえ込んでいたわけです。
    ところが、浅野大学が、広島の浅野本家に預かりとなったため、お家の再興の可能性が消えてしまいます。
    敵討ちをして、お家再興の可能性を消したことへの抗議と、彼ら自身のあわよくばの再就職を狙ったわけです。
    討ち入り後、デモンストレーションの影響もあり、
    浅野大学は、旗本直臣で500石を得て一応御家再興。
    しかし大石内蔵助切腹後、大石の三男は、広島の浅野本家で1500石得ました。
    これは世間の評価を反映したのでしょうか。面白い結果です。

    なお泉岳寺は、浅草ではなく高輪ですね。

    Comment by かしわもち — 2010年12月15日(水曜日) @ 11時25分18秒

  5. たぶん、浅草線に乗って高輪に向かったんですよ。

    Comment by Anonymous — 2010年12月15日(水曜日) @ 15時01分58秒

  6. 韓国全土で?空爆訓練が始まったそうです。どうなるのでしょうか。

    Comment by 浩一 — 2010年12月15日(水曜日) @ 23時03分08秒

  7. 柳沢吉保、なかなかやるなというのが、率直な感想です。詳しくは分かりませんが、黙っている方が賢いと判断したか、あるいは本当に言えない事情があったかと見る所だと思います。

    江戸時代もまた違った面白さがありますよね。この時代における学問の世界での新しい研究成果とかありましたら、また色々と教えて下さい。それではまた。

    Comment by 藤沢秀行 — 2010年12月15日(水曜日) @ 23時42分13秒

  8. この殿中刃傷事件って、事実認定論的に見ても不審なことがありますね。

    「刀は武士の魂」という言い方がありますが、真剣は鋼鉄でできているので結構重い。これを持ち歩くというのは、今で言えば鉄アレイを腰からぶら下げて歩くようなものです。というわけで、普段腰に差しているのは竹光で、刀は家宝として家の床の間にでも飾っておくのが通例だったというのは有名な話です。まして城中で万が一のことがあってはいけないのですから(実際あったわけだが)、一部の警護員以外は真剣の持ち込みなど禁止されていたとみるのが常道でしょう。

    真剣を持って登城しているという事実からして、計画的な犯行だったか、あるいは真っ当な判断能力を欠いていたかのどちらかではなかったかという気がします。

    そりゃそうと、綱吉って日本ではバカ将軍の代名詞のように使われていますが、西欧諸国、特にドイツではかなり評価が高いそうです。その理由は
    1.学問を奨励し国民の知的水準向上に貢献した。
    2.綱吉の福祉政策は当時としては一級品。
    3.動物愛護政策のさきがけ。
    …という、いかにもドイツ人が好きそうな事情らしいです。

    >かしわもち様
    鉄道唱歌東海道編第2番でも泉岳寺のことが歌われますね。

    Comment by 叔父さんの息子 — 2010年12月16日(木曜日) @ 01時55分13秒

  9. たくみのかみが使ったのは、小太刀の方では?

    Comment by Anonymous — 2010年12月16日(木曜日) @ 20時25分10秒

  10. 叔父さんの息子さん

    こんばんは。藤沢です。
    ご無沙汰しております。
    綱吉と生類憐みの令ですが、Wikiを見ているだけでも、結構面白いのですよね。この法令が実際どのように運用されたのかは、知らない事も結構ありそうですね。

    この政策が後世に与えた影響の一つは、犬食文化の根絶でしょうか。その点では良かったのかもしれません。
    倉山さんご紹介の「たーんあらうんど」なる技術を用いれば、だから悪かったのだという人達も・・・、いまの日本にはいないですよね、きっと。

    えっ?別に2002年サッカーW杯の時の某国の話などしていませんから、念のため。・・・それではまた、宜しくお願いします。

    Comment by 藤沢秀行 — 2010年12月16日(木曜日) @ 23時15分32秒

  11. お前は、吉良の末裔か??
    12月14日の夜、お前のまくらもとに47人の侍が立つぜ・・・・

    Comment by 大石文蔵 — 2012年12月31日(月曜日) @ 19時25分39秒

  12. ほんとうは、AKO48にするはずだったのが土壇場で1人抜けちゃたんですね

    Comment by kabu — 2013年5月22日(水曜日) @ 08時45分05秒

  13. ずいぶん前の記事ですが・・・時期的にお許しください。
    赤穂浪士諸説ある中、この「就職活動説」がもっとも説得力ありますね。事件の30年前に「浄瑠璃坂の仇討」があって、これは主君の敵討ちじゃなくて家臣同士のいざこざなんですが、浪人が徒党を組んで屋敷に押し入り、犯行後に自首している点でよく似ています。当時、歌舞伎や講談のネタにもなって大変評判を呼んだ事件なので、大石等が知らないはずがない。結局、浄瑠璃坂組は島流しになったあと数年で赦免されて再就職した者もあったようですから、これが下書きだったに違いありません。ただ、吉保の方が一枚上手で、「武士の鑑だから切腹」となったということでしょう。かわいそうなのは、大石にのせられて犯行に加わったものの、本心は就職活動のつもりだった浪人たちで、切腹を言い渡されたときは相当狼狽したことでしょう。そのあたりの混乱ぶりは、後にこの事件が美談に祭り上げられてしまった為に、真実が伝わってないのでしょう。

    Comment by hata1011 — 2013年12月8日(日曜日) @ 07時01分08秒

  14. ‘仮名手本忠臣蔵’ではなく赤穂事件を真摯に考察した上の論考と存じます。一般の方々が目にするウェブログという形式ゆえか、論考の元となる史料の掲示がないのが残念です。当時の武士の一般的な価値観、その前100くらい前の武士の価値観なんかを史料を下に解説いただけるとありがたいです。

    追伸
    長谷川先生との共著拝読致しました。
    故にこの文認めた次第です。

    Comment by 稲村大介 — 2014年4月11日(金曜日) @ 00時31分20秒

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