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ご挨拶

はじめまして。倉山満と申します。わたくしは大学院では歴史学を専攻し、現在は憲法学を教えています。お訪ねいただき、ありがとうございます。こうした形で、お会いできることに感謝いたします。

さて、現在の我が国は滅亡の危機にあります。今この瞬間に何とかしなければ、二十年後には日本国は地球上で文明国として生存できていないでしょう。感受性の鋭い方々なら、内憂外患を思い起こす時、恐怖感すら感じるかもしれません。

ひとつ例をあげましょう。北朝鮮拉致問題です。ごくごく普通の人々が日本国で生活していたら、いきなり外国の工作員にさらわれて何十年も自由を奪われる。そして被害者たちは今もいつ命が奪われるのかわからない毎日を、愛する家族や仲間達にも会えずにすごしている訳です。これがどれほどの苦しみか、ほんの少しの想像力があればわかる話です。  

よく「空気を読む」と言いますが、良くも悪くも日本人は周囲の人が何を考えているかを意識しながら生きてきた民族だったはずです。どうして何十年間も気付いてあげられず、いまだ多くの同胞を救い出せないでいるのでしょうか。

しかしこのような発言をすると、「昔の日本人はもっとひどいことをしたのだ。国際社会における平和と友好のためにはもっと現実的な対応を考えよう」などの声にかき消されてしまいます。百歩譲ってそれが仮に事実だとして、どうしてそれが拉致被害者を見捨てて良い理由になるのでしょうか。どうして現状を変えない理由になるのでしょうか。

もうひとつ、まったく別の例をあげましょう。格差問題に代表されるように、額に汗を流さずに濡れ手に粟のような儲け方をする人たちがいる一方で、働いても働いても生活が苦しいという若者が増えています。今や、若者の三人に一人は非正規雇用です。正社員でも、劣悪な労働条件で働いている場合も多いのです。では雇用環境が悪い若者達は、彼らの努力が足りないから生活が安定しないのでしょうか。実は、決してそんなことはないのです。大半の若者には罪はないのです。未来を担う若者達をこのような環境に陥らせておいて、日本は大丈夫なのでしょうか。ジワジワと日本国の基礎体力は奪われ、全員が気付いたときにはもう手遅れという状態になりかねないのです。

結局のところ残念ながら、今の我が国は特定の人たちにだけ都合が良い仕組みになっているのです。我々自身も気付かないうちに精神の牢獄とでも呼ぶしかない環境に置かれている訳です

ではどうすれば良いのでしょうか。

それには、自分の頭で考え、自分の言葉で語り、自分の足で立つことです。それには、まず知ることです。自分の手で生きていくことによって、精神の牢獄から脱却することができるのです。この牢獄を脱する鍵は、正しい知識なのです。

なぜ幕末維新は可能だったのでしょうか。それは、適塾や松下村塾に集まったような向学心と行動力を兼ね備えた人々が多くいたからこそ、つまり世界の中で対等に伍していこうという気概のある多くの人々が原動力となって、我が国は生き残れた訳です。

身分制社会の中ででも、「知りたい」「学びたい」、そして「日本を良くしたい」という人々が輩出したからこそ、強大な大国に囲まれながらも自由を守ることができたのです。

それが当時の体制維持派にとってどれだけ苦々しいことだったか、彼らの利権と腐った社会を打破するのがどれだけの命がけの困難を伴ったか、言うまでもないでしょう。

しかし可能だったのです。

自由への人々の想いが、祖国を救ったのです。国家も個人も、自由への想いによってその存立が可能になるのです。

自由は、その価値に気付かないと失われてしまいます。まずは、守らねばならないという問題意識です。では自由とは何でしょうか。知ることは単に知識を詰め込むことでしょうか。そうではありません。

言うなれば、我々日本人は自分がどこに置かれているのか、立ち位置を見失っているのです。日本人が、日本全体が心の病に取り憑かれていると言っても過言ではありません。だからこそ、この心の病は取り除かねばならないのです。

それには、自分が何者であるのかを知る、歴史を学ばねばなりません。

だからといって、日本人全員が歴史学者のように誰も知らない「新事実」を探し求める必要はありません。過去のあまたの歴史問題において、いわゆる知識人と呼ばれる人たちが何をしたでしょうか。「新事実」と称する特定の外国の主張を正当化してきただけではないでしょうか。

今の我々に必要なのは、「新事実」ではなく「真!事実」です。本当のことを知りさえすれば良いのです。日本人が本当のことに気付く。これが特定の人々にとってどれだけの驚異でありましょうや。

思い出してください。平成十四年九月十八日を。北朝鮮の独裁者金正日が、拉致の事実を認めたとき、日本人全員が涙し、今もまだ救われぬ同胞のために怒ったではありませんか。一部の知識人と称する特定の人々が歴史問題とやらを持ち出して何を言おうと、もはや「最後の一人まで救出する」という日本人の想いは変わらないではありませんか。

あらゆる問題がこれと同じ構造です。既存の体制において甘い汁を吸う人々にとって、日本人全体が賢くなる、豊かになることは恐怖なのです。

現在の閉塞状況を打破する鍵は、今の仕組みの中で皆が豊かに生きていく鍵は、歴史問題にあります。

わたくしが長く属する大学も構造は同じです。少子化に伴う宿命的な経営の問題、ゆとり教育によって深刻化した学生の知識と意欲の低下。残念ながら、もはや日本の大学は本当のことを教える余裕など無いのです。

わたくしは、幸か不幸かその時々で頼まれた仕事をしている内に、色々なことができるようになったようです。歴史学で始まって、政治学、軍事学、国際政治学、行政学、そして憲法学と、一つの分野だけに専念するのが尊ばれる学界にいたのに、何と損な仕事の仕方をしてきたのだろうと思えます。その代わり、広く物事を見ることができるようになったようです。だから、少しだけ他人より本当のことが見え、伝えることができるようです。

そしてそのほんの少しの本当のことが、どれだけ大きなことか、身にしみています。

危機にある我が日本において、一人一人が自分の頭で考え、知り、伝えることによってこそ、現代の維新も可能になるのです。

 皆様も正しいと思ったことは、今日から明日からでも周りに広めてください。そうすれば世の中は絶対に良くなります。みんなが変われば、日本人が変わり、日本が良くなります。福沢諭吉先生曰く「一身独立して、一国独立す」と。

  本当のことが知りたい、日本を良くしたい、そして一度しかない人生を豊かに生きたい、という方々は、この砦にまた来てください。